DSCF7409.jpg

ー笑顔ー

    ある下合わせに母が立ち会ってくれた。
こちらは緊張し切って弾き終えた。確か2回ほど繰り返したと思う。
弾き終えて脇の弟子の顔を見ると、涙ぐんでいた。どうしたかと思ったが、そこでは聞く訳にはいかず、後から聞こうと思っていた。後になってその弟子から「有りがとうございました。二代目先生の笑顔に接する事が出来、感激致しました。」
と話してくれた。「二代目先生の笑顔を拝見する事が今まで有りませんでした。先生(私)に対して何ともお優しい、なんとも含みのある笑顔、何とも嬉しそうな眼差しを注いでいらっしゃいました。」それを見ている内に涙が出て来たと言うのだ。こちらは、緊張して母の顔など見る余裕がなかった。その弟子は自分の唄う順番が来るまでに何度か母の顔を見ていたのであろう。
確かに弾き終えて「ありがとうございました。」と言うと微笑んでくれた。その瞬間肩から力が抜けた。その後色々と地方へ行った時の演奏への心構えを話してくれた。


ー声ー

    ある時、稽古場で下合わせが有った。その後、来ていた弟子達を連れホテルに会食に行った。人数が多かったので、テーブルいっぱい並んで座った。母は私の向かいに座った。しばらくして「お待ちどう様でございます。」と私の前に注文した料理が置かれた。母の料理はまだ来ていない。勿論先に食べる訳にも行かず、待っていると、突然母が「召し上がれ」と言った。その声の何とも心地良いと言うか、耳触りの良さというか、今までにこんな穏やかな「召し上がれ」の声は聞いた事がなかった。おそらく今後、あの様な心地良い声を聞く事がないであろう。時々その事を思い出す事があるが、あの時の母の声のトーンは一生自分の耳から消える事はないであろう。


ー品ー

    ある時、母と何人かで夕食の為、ホテルへ行った事があった。
食事が終わり、お茶が運ばれて、飲んでいると、突然、母と並んで座っていた席へ初老の紳士が来た。するとその初老の紳士が「このお席は大変品が良いお席ですね。向こうで拝見していましたが、感心しました。」と話し始めた。
その時横にいる母の顔をみると平然としていた。以前、上手い人と演奏すると自分も一緒に共鳴する事や、楽器も共鳴するものだと聞いた事があるが、なるほど演奏や楽器だけでは無く、人も本物の、上質な品格のある人と一緒にいると、周りも同化されて行くものなのだなぁとつくづく感銘した。

ー家(うち)にも皇太子がいるー

  あれは、飯坂へ行った帰りのハイヤーの中での話である。
ハイヤーが別荘を離れ、しばらく走っていると、「今日は皇太子様が即位なさる日ですね。」と弟子が話し始めた。すると即座に母が、「家(うち)にも皇太子がいる。」とつぶやいた。車内は笑いに包まれた。私は、照れ笑いをして母の顔をみるとニコニコしてこちらを見ている。
突然の母の言葉にドライバーまでが笑い、ハイヤーは魚藍坂へ向かった。